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ネクタイのこだわり

Made in Kyoto
ネクタイ生地は京都西陣織で織っています。
縫製も京都で丁寧に仕上げています。

流行色のパープルネクタイです。
流行色のパープルネクタイです。
ウール100%の芯地を使用しています。
ウール100%の芯地を使用しています。
西陣織機
■西陣織機
京都の西陣でネクタイ生地を織っている数少ない貴重な織機です。
糸くり
糸くり
染色された糸を巻き上げていく作業です。

当店は国内生産にこだわり続けます。
それは、伝統工芸の職人の技や、色・手触りといった風合いを大事にした商品づくりを行っているからです。
当店のネクタイは、古来より日本の絹織物名産地として有名である京都西陣で織っています。ものづくりには色々と誇れるものがたくさんあります。例えば糸を例にあげますと、生地のシルクはしなやかでコシのある最高級のものを使用しており、輸入品(なかでも中国商品)は横糸に太い糸を6本使用で織っていますが、西陣では横糸に細い糸を3本×2片=合計6本使用で織っており同じ6本でも繊細できれいな表現ができます。当然縫製もウール100%芯地を使用し、京都で職人さんが丁寧に仕上げています。
是非、京都で生まれる当店オリジナル京都西陣織ネクタイを一度お試しください。

ネクタイの起源についてはいくつかの説があります。

一説によると、ローマ帝国期限1世紀末から2世紀後半頃のローマのトラヤヌス帝の兵隊の絵にもネッカチーフのようなものがみられます。これは当時故郷を遠く離れて北方国境守備に派遣された兵達がその出兵にあたり愛する妻や恋人たちから贈られた布を首に巻くことにより故郷をしのんだものといわれています。また、2世紀頃のローマ帝国では兵士が防寒を兼ねて羊毛の布を首の回りに巻き、また弁士はフォーカルと呼ばれる布をのどの保護のために巻いていたといわれています。
今日のネクタイの祖先と考えられるものは、17世紀後半に現れたクラバットです。1656年頃にオーストリアのクロアチアのクロアット連隊の将兵たちが、ルイ14世に仕えるためにパリにやってきた時に締めていたものです。その鮮やかな色彩と粋な感じが、流行に敏感なパリジャンの間に人気を呼び、クロアチアにちなんでクラバットと呼ばれて流行したと伝えられています。また、軍隊の制服にもクラバットを用いさせ、クラバット連隊をつくりました。その間、結び方も色々趣向がこらされ芸術家や派手好きな人々に愛好されました。花結びに結んでふさぶさとたらした後年のオペラネクタイの先祖もクラバット連隊の兵士たちの蝶結びから取り入れられています。

1692年のスタインカーク戦で、片方の端をコートの上から6番目のボタンホールに通すことが流行しました。これにはレースやパスト麻のようなしなやかな布が選ばれました。その後黒いリボンに変わり、フランス革命当時から再び幅広のスカーフが用いられ始めました。当時はあごにかかるほど高く巻上げ、その端を前で小さく結んでいました。

ナポレオン1世の時代になってからは、幅広のクラバットの下から、ワイシャツの衿を少しのぞかせるのが流行しました。当時のものは、白、黒、あるいは色物の絹ビロードが用いられました。

19世紀に入ると、服装の流行がフランスからイギリスに移ってきます。ダービー卿が競馬を始めたのは1780年ですが、そのときに使ったネクタイが細型の結び下げで非常にスマートに見えたため、競馬に行くにはこのネクタイを使用するのが習慣となり、ダービー・タイと呼ばれるようになりました。また、アスコットタイも似たようなところから生まれたタイです。

1830年ころのフランスでは結ぶ手間をはぶいたタイが考案されました。あらかじめ結んで縫い付けておき、紐またはスプリングの細いバンドで首の後ろに止め、これに特殊な金具をつけておくもの。バンドをはずさずに、タイの色を変えられるものである。英語ではタイ・フロント(タイの前部の意味)と呼ばれました。

そのなかで最も有力なのは、17世紀のクロアチア兵の首飾りを起源とする説です。クロアチア兵の首飾りは「Cravate」(クラバット)という名前で、一般市民の間に普及していきました。当時のクラバットは現在のネクタイの形状とは異なり、スカーフを首に巻いて結んだようなものでした。尚、ネクタイの幅が広いほうを大剣、幅が狭くなっているほうを小剣と呼びますが、この名称も、兵士の首飾りを起源としていることに関係していると思われます。
14世紀にはすでにフランスでCravateという語は使われていたともいわれています。現在でもフランス語などではネクタイを
Cravateと呼ばれます。またこれから18世紀にかけて、クラバットに限らず首に布を巻くスタイルは兵装としても用いられ、一般に広まりました。

日本にネクタイが入ってきたのは江戸末期です。

日本にネクタイが渡来し実際に日本人の目に触れたのは、18世紀中ごろだったといわれています。輸入市販されたのは1882年。当時用品雑貨商を営んでいた田中力蔵氏が東京・日本橋で始めたといわれています。1884年帽子商を営んでいた小山梅吉氏により初めて国内で製造販売されました。(これを記念として、昭和46年より、毎年10月1日からの1週間をネクタイ・ウィークとして制定されました。)明治年間のネクタイといえば現在流行のタイ幅より広い型を想像しがちですが、結び下げにしても、ダービーにしても現在以上に細幅で、小型のものも流行しました。

広く最初にネクタイを着用した日本人はジョン万次郎だそうです。彼がアメリカから帰国した際にネクタイを持っていたそうです。
はじめて国産のネクタイが作られたのは明治初期で、当時の政府が洋装を奨励したこともあって、徐々に一般市民の間に広がっていったといいます。現在ではビジネスマンのユニフォーム的な服装として、完全に定着しています。

ネクタイ関連事

ネクタイの日

小山梅吉が1894年12月1日に初めてネクタイを生産したことを記念して、1979年に、ネクタイ業界の業界団体である日本ネクタイ組合連合会が、12月1日をネクタイの日と定めました。

父の日

1900年代初めにアメリカで開始したという父の日は、日本では1960年代中ごろから定着してきたが、そのきっかけが1966年からネクタイ業界が始めた「父の日に、ネクタイを贈ろう!」キャンペーンでした。